思い出の守り人
「キューブは怪我を治すことも出来るんですか?」
見つめ返す優希に彼女は頷く。
しかしその次には視線を下に向けた。
「でもね、一つだけ気をつけないといけないの」
そこで言葉を切った春陽の後ろで、薫がそうだ、と続ける。
「致命傷を負うとキューブとの共鳴が弱まって完全な回復が困難になる。そうなると怪我を負ったまま現実に戻らきゃならない」
「現実でも同じ怪我のままなんですか?」
顔を上げて問いかけると、薫は首を横に振って右手を左胸に当てた。
つられて優希も自分の左胸に手を当てれば刻まれる鼓動を感じる。
「仮想世界で負った怪我は、現実に戻った瞬間心臓への負担になるんだ」
「心臓……」
優希は震える声でつぶやく。
大怪我や大病の経験がない彼女にとっては未知であるが、決して軽い物ではないことは容易に分かる。
「最悪の場合、心臓麻痺などでそのまま亡くなる人もいます」
「そんな! 私、死ぬわけにはいかないんです……!」
(お母さんの分も生きなきゃいけないのに……!)
声を張り上げて紅夜に視線を向けた。
彼は横目で優希を見て、また視線を動かす。
「――それはオレ達誰もが思っていることだ。それでも、オレ達は人の思い出を守りたいと思っているから」
「……!」
紅夜の言葉に優希は幼い日の夢現を思い出す。
優希の前にいた人物も、それでも、オレ達は人の思い出を守りたいと思っている、と言っていたのだ。
(あの人は美原さん……? ――怖いけど、あの日のことが現実なのか夢なのか知りたい……!)
知るためにはもっと紅夜達を知っていかなければ、と優希は思った。
「しかし、辞めることは篠崎さんの自由だ」
「――いえ、もう少し頑張ってみます……っ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
優希の返事に紅夜は目を見開いた後に目尻を下げて。
その笑顔が、優希が見た映像の若い紅夜の笑顔と重なって、思わず笑みがこぼれた。