思い出の守り人

 仮想世界へ移動し、歩き始めて行く。
 いつものように優希が最後尾をついて行くと線路前の遮断機で立ち止まった。
 遮断機の近くには女性が一人立っており、顔色が青白く体つきはやせ細っているようだ。
 その女性は乱れた髪を直すこともせず虚ろな表情で通り過ぎる列車を眺めている。

「今日は彼女か?」

 薫が紅夜に問えば、ああ、と短く返事が返って来たきり会話が途切れる。

「春陽先輩? ――っ」

 奏太と春陽の声が聞こえないことを不思議に思った優希は二人の横へ行き言葉を失った。
 二人は前方に立っている女性に負けないほどに顔色を悪くし、小刻みに体を震わせている。

「美原さん! 春陽先輩達が……!」

 慌てて声を張り上げると紅夜が後ろを向いた後にため息を一つ。
 薫もこちらを向いて顔を歪ませている。

「やはりキツいか……」

 足早に奏太に近づくと、大きな両手で頬を挟むようにして軽く音を立てた。
 すると焦点の合わなかった瞳が紅夜の姿をとらえ意識が戻っていく。

「――すみません。また、とんでたみたいですね……」

「ああ。……キツいなら今日は先に帰ってもいいんだぞ?」

 紅夜の言葉に奏太は頭を左右に振って提案を拒否する。
 そして未だ自分の横で震えている片割れを見て両手を強く握った。

「帰りません。僕達は乗り越えなくちゃいけないんです……!」

 奏太はいつもより大きな声で言う。
 紅夜も薫も自分達を心配してくれているのはいつも感じている。
 けれど、いつまでも守ってもらっていては駄目なのだ。
 紅夜と活動を共にすると決めたあの日に自分達は強くなると決めた。
 そして今は優希という後輩と言える見習いもいるのだから。
 彼女をサポート出来るよう、自分達は踏み出さなければいけない。

「奏太……」

 強い眼差しに紅夜は目を見開く。
 泣きながら自分の後をついて来た少年が、悲しみを乗り越えようと必死に戦っているのだと感じる。

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