思い出の守り人

「い、いいえ! 名前で構いません!」

 頬に熱を持ちながら優希は首を横に振る。
 その勢いに紅夜が声を出して笑う。

「そんなに首を振らなくても……」

「すみません……っ」

「優希ちゃん! キューブに願いが届いてよかったね」

 扇子を見た春陽がにっこり笑って優希の腕に抱きつく。
 春陽の言葉に武器化について話したことをすぐに思い出して頷いた。

「はい。雨を遠ざけて月明かりがそそぐ、綺麗な星空が見られてよかったです」

「あれだけ大きな風を起こせるなら戦いにも向いていますし、よかったですね」

 春陽ほどではないが微笑む奏太に優希は再度頷いて返す。
 笑い合う三人を見守る途中、紅夜はそっと顔を空へと向けた。
 満月が無数の星と共に輝き、仮想とはいえ都会ではなかなか見られない景色に口もとがゆるむのを感じる。

(この景色は忘れない――いや、忘れられない。新しい仲間が見せてくれた物なのだから……)

 そう胸に誓っていると、風が微かに紅夜の長い髪を背後から揺らしていく。
 紅夜は視線を感じた気がして後ろを振り向き、目を見開いた。

「!」

 淡い光の中、透けた状態で大切な幼なじみが変わらぬ姿で変わらぬ笑みを浮かべている。
 言葉を失う紅夜を太陽のような明るい笑顔のままで見ながら、彼女は口を動かした。

『――――――』

 声が聞こえずとも紅夜には彼女の言葉が聞こえた気がして、笑顔で言葉を返したのだった。
 心の中で短く、ああ、と――。

「美原さん?」

「どうしたんですか?」

 急に後ろを振り向いたまま動かない紅夜に首を傾げる三人。
 何でもないと視線を動かした次の瞬間、彼女の姿は見えなくなった。
 しかし、紅夜の胸には刻まれた。
 今夜の出来事と共に。

「何でもない。さあ帰ろうか、現実に――」

「あ、あの!」

 紅夜の言葉を遮る優希に三人の視線がそそがれて、本人は一気に緊張していく。
 気がつけば戻っていたキューブをギュッと右手で握りしめ、紅夜、奏太、春陽と順番に視線を合わせていく。

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