恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―


動揺からか揺れている名取くんの瞳をじっと見つめた後、「仕事頑張ってね」と告げて彼に背中を向けた。

なんだかひどく疲れて、胸が痛い。

お母さんの事をちょっとでも考えると、いつもこうだ。
胸が痛くなって……暗闇に放り込まれたような気分になって息苦しくなる。
自分がなんのためにいるのか、誰のためにいるのか……何も分からなくなって私の中からすべての色がなくなっていく。

お母さんから拒絶され捨てられた瞬間に呑み込まれた闇の世界。
すべての物事が私の表面だけを滑っていき、何一つ私の中には入りこまない、空気さえも吸えない、息苦しい世界。
思い出した途端呑み込んでくるそれに、フタをするように頭をぶんぶん振って家までの路を急ぐ。

立ち止まると足元から崩れ落ちてしまいそうで怖くて、とにかく早く家に帰らなきゃと思いながら走るように歩いて……やけに苦しい呼吸に気づいた。

はぁ……と苦しい胸に空気を送り込む。
うまく呼吸ができていない気がして不安になり、また少し呼吸が不規則に、不確かになる。

家に向かって歩く足がどんどん早足になる。
早く帰りたい。早く帰って……。

――早く、由宇に会いたい。


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