恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―
「おまえ、顔色悪い……あ、おいっ、梓織!」
急に部屋を飛び出した私を由宇の声が追いかけてきたけれど、立ち止まらなかった。
「梓織っ! 待てよっ」
声の後にすぐ由宇自身も追ってきたけれど、それでも止まらずに階段を走り下りる。
お風呂はお父さんが使っているって事を星崎さんから聞いていたから、そのまま靴も履かずに玄関を出て庭にある水道の前で立ち止まって。
水道を勢いよく捻って、庭に水を撒くようにといつも刺さったままになっているホースの先から噴き出した水を頭から浴びた。
「おま……っ、何やってんだよ!」
追いかけてきた由宇が、信じられないとでも言いたそうな顔で驚いてから、水道をしめてホースを奪い取る。
勢いよく奪ったせいでホースに残っていた水が飛び出し由宇も少し濡れたけれど、由宇はそんな事気にしていないみたいに私を見つめていた。
由宇の、何やってんだよ!という声が響き渡った後はシーンとなった夜の庭。
薄い月灯りに照らされた庭には、カーテン越しに部屋の明かりが漏れていた。
そのおかげで由宇の顔が分かったけれど……分からなくてもよかったかもしれない。
こんなに怒ってる由宇は珍しい。
「何やってんだよ、おまえは……」
低い声にびくっとしながらも、私だって訳もなくこんな奇行したわけじゃないし言い分だってあるから、一瞬ひるんだ気持ちを立て直してそれを主張する。