恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―
「由宇は……?」
私を運んでくれたハズの由宇の姿がない事に気づいて、そう聞きながら上半身を起こすと、ゆっくり動くようにとお父さんに言われる。
「ちょっと気分が悪くなっちゃっただけで、今はもう大丈夫だから。
それより、由宇は?」
もう一度聞いた私に、お父さんはまた安心したような顔をした。
その顔の意味が分からなくてしばらく考えていたけど……ああ、そうかと答えに気づく。
「忘れてないよ。……今回は」
つけたした、今回は、という言葉に驚いた表情を浮かべたお父さんに微笑む。
「全部、思い出した。
中学一年生の時の事。私……あの時、由宇を忘れてたの?」
確認するように聞いた私に、お父さんは少し考えるようにして黙った後、ゆっくりと頷いた。
恐らく、それを伝えても私が大丈夫かどうかを考えていたんだと思う。
「二ヶ月の間だったかな……。梓織は由宇くんを完全に忘れてしまっていたんだ。
二ヶ月後、梓織は急に由宇くんを思い出してそれまで通りになったけれど、由宇くんを忘れていた間の記憶はなくなっていた。
中学一年生の12月末から2月末にかけてだよ、確か」
「そう……。だから、中学一年生のバレンタインの記憶がなかったんだ」
ようやく納得がいって、そう呟くと、お父さんはしばらく黙って……それから話を切り出す。