恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―
「由宇くんは、美里ちゃんを梓織だと勘違いして手を握ったんだ。
でも、それが原因で梓織がまた笑いもしなくなってしまった事を知って……ひどく自分を責めてたよ。
自分のせいだって」
「由宇が……?」
「あの子は強い子だから、口には出さなかったけれどね。でも……それがかえって痛々しかった。
由宇くんは、梓織の記憶を取り戻そうとはしなかった。
また一から関係を作り直すって……そう言ってたよ」
私に忘れられたからって、その頃の由宇がどれだけショックを受けたかは私には分からない。
もしかしたら、そこまでのものではなかったかもしれないし、いつも一緒にいて小さな変化に気づけるほどって言っても、気持ちの中までは分からないから。
だけど。
記憶を失った私と対面した時、由宇が瞳に浮かべた悲しい色は覚えてる。
お風呂であの瞳を見た時、いつか見た事があるって感じたのは、あの時の事を思い出そうとしてたからだったんだ。
だから由宇は、私が不安を感じて揺れたって話を聞いた時、あの瞳をしたんだ。
私が再び、自分の事を忘れるんじゃないかって思ったから。
それを、心配したから。
「由宇はきっと……私に忘れられて悲しかったんだ」
気づいた時には、そう呟いていた。
ポツリとこぼした私をじっと見つめた後、お父さんはツラそうに顔をしかめる。
そして、由宇が今ここにいない理由を告げた。