恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―


ポケットから携帯を取り出して急いで110番を押す。
携帯を見せたら痴漢が焦って襲ってくるかもしれないと思っていたから、視線はなるべく痴漢に向けたまま。

予想通り携帯を取り上げようと突進してきた痴漢に、仕方なく前蹴りを胸の中央に当てた後、後ろにバランスを崩した痴漢の側頭部を回し蹴りしようとして……待てよと考え直す。
ヘッドギアも何もしていない状態で側頭部なんて本気で蹴って、万が一大きなケガをさせちゃったらどうしようと思ったからだ。

今まで試合でも何度も回し蹴りを出した事はあるけれど、試合ではみんなヘッドギアをつけてる。
丸腰の人相手に繰り出した事なんてない。
だから自分の出す技の威力が分からなくて、万が一の事を考えるとためらってしまった。

その一瞬の隙をついて、両膝をついた体勢の痴漢が抱きついてきて……。
お腹のあたりに顔を埋める痴漢に思わず悲鳴を上げそうになりながらも、痴漢の頭に肘を落として離れたところを膝蹴りしようとしたけれど。
私が膝を上げるよりも、由宇の前蹴上が痴漢の顎に入る方が先だった。

蹴り上げられて後ろに倒れた痴漢は、「ぅぐ……っ」とくぐもった声を上げた後、地面に頭を打った衝撃でなのか、それとも痛みでなのか、気を失っていた。
だらしなく開いた口が気持ち悪くて顔を歪めていると、由宇が私の手から携帯を取り上げて、今の状況を説明し出す。

すぐに駆け付けた警察に事情を軽く説明した後、由宇が、襲われた私が動揺しているだろうからまた後日でいいかって警察に話をつけてその場は解散になった。



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