恋よりもっと―うちの狂犬、もとい騎士さま―
「昨日はよくも私がトイレに行ってる間に先に帰ったわね」
出社するなりおっかない顔で詰め寄ってきた広兼さんに、後ずさりする。
預金管理課には他の社員ももう出社していたけれど、みんな同情するような目でチラっとこちらを見るだけで誰も広兼さんを止めようとはしてくれなかった。
完全なアウェー状態。
広兼さんは課内では中堅的な立場だけど、多分実質的にはドン的な位置づけになると思う。
課長でさえ広兼さんには一目置いてるし、広兼さんが機嫌悪い日なんてみんながかなり気を使ってるし。
預金管理課は広兼さん中心に回っていると言っても過言ではない。
「書置きして帰ったじゃないですか。お先に失礼しますって……」
「仕事終わったら聞きたい事があるからって言ってあったの覚えてて、わざとあのタイミングで帰ったんでしょ」
図星なだけに苦笑いだけ浮かべていると、広兼さんが私を壁まで追い込んでから小声で言う。
「星崎さんとの事、社内中に言い広めて欲しくなかったらランチの時話しなさいよ。
隣のファミレス連れてってあげるから」
「脅しじゃないですか……」
「脅しじゃない。先輩命令だし」
「じゃあパワハラ……」
「姫川を一人前にするの、本当に苦労したのになー。
私の教え方がうまくないのかな、とか自信を失いながらも毎日努力と根気で教えてきたのにまさかその私に刃向うような事はしないよね?」
じろっと見られて、少し考えた後、分かりましたと観念する。