グッバイ・メロディー
あの日のこと
――12月9日。
それが、こうちゃんのお父さんの命日。
お通夜もお葬式も、大きな葬儀場ではなく、こうちゃんのおうちで執り行われた。
身内とご近所さんだけのお見送りがいいって、こうちゃんのお父さんの希望だったんだって。
その冬はじめて氷点下になった本当に寒い日で、みんな真っ黒のコートに身を包んでいたけど、わたしは紺色のセーターの上になにも羽織らなかった。
黒い渦が、こうちゃんを底のない闇に引きずりこんでしまいそうで、とても怖かったから。
ウチではいつもムードメーカーのお父さんが、棺を覗きこんでまじめな顔をしていた。
お母さんも泣いていたけど、こうちゃんのお母さんはもっともっと、壊れるくらいに、泣いていた。
そんななか、こうちゃんだけは、ぼうっと棺の中の顔を見つめていたよね。
記憶がひどくぼやけていて、あの日のことってあまりちゃんと覚えていないけど。
悲しいともさみしいとも違うあの横顔、切なすぎて気が遠くなりそうな表情が、いまでも鮮明にまぶたの裏にくっついている。
わたしはなにも言えなかったんだ。
ただその腕をぎゅっと抱きしめた。
こうちゃんが闇のむこう側へいってしまわないように。
ここにずっと、繋ぎとめておけるように。
「季沙」
いまよりもうんと高い、10歳だったこうちゃんの声が少しかすれた音でわたしの名前をつぶやくと、彼はそのまま黙って自分の部屋に消えた。
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