グッバイ・メロディー


こうちゃんの指は、こうちゃんとは別の意思をもった生き物みたい。

普段はそんなことないのに、ギターを弾いているときだけはそんなふうに見える。


指の動きを見ているだけでおもしろいよ。

ずっと見ていられる。

こうちゃんはギターを弾くために生まれて、この指は音楽を生み出すために造られたんだって、本気で思ってしまうよ。


口のなかの水分を吸収していくドーナツを咀嚼するのも忘れて、じっとこうちゃんの手元を見つめた。


聴いたことのないメロディーが次から次へと生まれては、消えていく。

そのひとつひとつに、いちいちじーんとしてしまう。


スタジオに来ると、こんな調子でこうちゃんはずっとギターを弾いている。なんにも言わないで。

もともと、あまりしゃべらない男の子だけど。

本当にずっと、押し黙ってギターばかり触っている。


しかたない。週に1回か2回くらいしか来られないもんね。

ここを使うのも無料じゃないし、みんなのスケジュールとかスタジオのスケジュールとか、全部の条件を合わせようと思うと、頻繁に来るのはどうしたってむずかしいの。


だからこうちゃんは、2時間半をめいっぱいギターといっしょに過ごす。

家でももちろんずっと弾いてはいるのだけど、これだけ機材を繋げてちゃんと音を出しながら演奏するというのは、住宅街のド真ん中だとなかなか現実的なことではないから。

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