グッバイ・メロディー


「もう……ベースは捨てたんだ」


それでも逃げるように目を逸らすと、彼は信じたくないようなことを苦々しくこぼしたのだった。


胸とかじゃなく、なんだかダイレクトに心臓が痛い。

視界がぼんやりと滲んでいく。


トシくんが戻らないなら、たぶん――こうちゃんは、あまいたまごやきを解散させると思う。


「ごめん、だからもう」


そこで言葉を止めたトシくんが、はっとしたようにいきなり顔を上げた。


全員の視線がばちっと絡みあう。


言葉もなく、こうちゃんがうなずいた。

アキくんがくちびるを噛みしめている。

ヒロくんが切なく眉をひそめた。


再生か、崩壊か、ふたつにひとつしかないんだ。

それをみんな、わかっているんだ。


トシくんがいまここで、それでもどうしても戻らないときっぱり言ったら、その瞬間に全部が一度終わってしまうのだろう。


「おまえら、ちょっとずるいよ」


すべてを理解したトシくんの顔がぐしゃっと歪んだ。

口元にのみ残されたいつもの微笑みが、むしろ苦しい気持ち全部を請け負っているみたいで、どうにも切なかった。


お医者さんになっておうちを継ぐこと、トシくんはきっとすごく大切にしてきたと思う。

そのためにがんばってきたことや、積み重ねてきたものが、たくさんあると思う。

おじいさんやお父さん、家族に対する、決して小さくない想いだってあるはずだよ。

いまさらそのすべてを手放すなんて、そう簡単にできるようなことじゃない。


それでも。

どうしても。

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