グッバイ・メロディー
「ほっぺ、冷やしたんだけどな」
「うん、まだちょっと赤かったね」
「自分でもびっくりするくらいけっこうな勢いでひっぱたいちゃった。季沙と瀬名くんに見られてるのも忘れてたよ」
だけど、あんなにも愛情にあふれたビンタを、わたしはこれまでに見たことがないよ。
「ちょっとさすがに我慢できなくて」
「たしかにアキくん、けっこうなこと言ってた気がする……」
「まあそれにカチンときたのもある」
はなちゃんはひと息おいて、なにか思い出すように目を伏せると、ちょっと笑った。
「がんばってワルぶってるの見てたら痛々しくてねえ。ほんとは超が付くほどいいやつのくせに」
きっとアキくんは本当に、はなちゃんに頬をぶたれに来たんだ。
一生に一度の恋をして、失って苦しくて、いろんな女の子を傷つけて。
そういう自分を許せなくなってしまったとき、どうにもこの厳しい、やさしい顔が浮かんでしまったのだと思う。
たとえば、こうちゃんとわたしにしかわからないことがあるように。
アキくんとみちるちゃんにしか、脇坂さんとみちるちゃんにしかわからないことがあるように、アキくんとはなちゃんにしかわからないことだってあるんだよね。
いつかもっと大人になって、わたしにもいろんなことが理解できるようになったら、
そのときにはそっと、幼かったふたりがしたちいさな恋の話を、聞いてみたい。