グッバイ・メロディー
「いま食べる?」
「うん」
「はーい」
差し出された木製のフォークを受け取るついでに、腕を引いてその体ごとこっちへ寄せた。
膝のあいだに抱えるとすっぽり収まってしまうサイズ感。
いつのまにかずいぶん小さくなったな、と思うけど、たぶん、俺がデカくなった、で間違いない。
「もう、こうちゃん。どうしたの? 急にびっくりしたよ」
「ん、フォーク持って」
「なに?」
「季沙が食べさせて」
「え!?」
いきなり甘えてこないでよね、ともごもご文句を言いつつ、結局フォークを掴んだむちむちの指がハート型を一口サイズに切り取った。
動きにくそうに体をよじって口元に差しだされたガトーショコラは、嗅覚に心地よい甘い香りがする。
しっとりとした茶色に噛みつくと、角度的に顔を覗きこむような感じになってしまった。
これまではなんでもなかったはずのこの近距離ですら、俺を異性として意識している季沙にとってはかなり焦ってしまうものらしい。
ぎゅっと目を閉じて。
触れるとやわらかい頬を林檎みたいに赤くして。
口元をこわばらせて。
「ん?」
「ち、ちか、近い、です」
そんなあからさまに緊張した顔をされるとあんまりかわいくて、ついからかいたくなるんだ。
「季沙」
このままずっと俺の隣にいてくれるなら、関係を変える必要もないと思っていたけど。
こんなふうに触れられる権利が生じたのは、あまりにも大きな報酬だった。
こんな幸福を知ってしまったら、もう二度と、ただの幼なじみには戻れない。
耳の裏に軽くくちづけを落とすと、世界でいちばん愛しい存在は小さく体を震わせ、切なそうに俺を呼んだ。