グッバイ・メロディー
「季沙、こっちむいて」
抵抗するみたいに、悩んでいるのをアピールするみたいに、ゆっくりなスピードで向けられた顔はうつむいている。
だけど結局は素直に従ってしまうあたり、押しに弱い、と言われても仕方ないと思うけど。
たぶん緊張のしすぎで力んでしまい、「う」と「ん」のあいだみたいな声が赤いくちびるの隙間から漏れ出した。
思わず笑ってしまった。
これでもかというほど赤面した季沙が勢いよく目を開ける。
ばちっと、数センチの距離で目が合う。
もうあとほんの少しで爆発しそうな顔。
俺を意識している顔。
俺を、好きな顔。
「目つぶって」
むぎゅ、と力強く再びまぶたが下りていったのと同時くらい。
俺はそっと、季沙に触れたのだった。
たとえば、手とか。
そういう皮膚どうしがくっついて離れていくのより、少し時間をかけながらゆっくり剥がれていく感覚が独特だ。
額をつけたまま顔の下半分だけ距離をあけると、ぽってりしたくちびるがちょっと突き出たまま半開きになっていた。
「かわいい」
「かわ!?」
「ん?」
「急にどうしちゃったの!」
「べつに急じゃない」
ずっと思ってるけど。
季沙が世界でいちばんかわいいって。
でも、そういえば一度も口にしたことはなかったかもしれない。
あえて言わなかったんじゃなく、言えなかったわけでもなく、単にタイミングがなかっただけだ。