グッバイ・メロディー


「木原くんとはなんにもないよ?」

「なんかあったら困る」


それに、そういう心配はべつにしていない。


「ね、こうちゃん、ぎゅってして」


こんなことを言われてしまったらもう仕方がないので、そのまま体の向きを変え、目の前に現れた季沙を腕のなかに迎えた。


すぐに甘えてくる。

胸に押し当てられる頬の感触は、幼いころからずっと変わらない。


「ちゅうは?」


まるで子どもがするみたいなおねだりだ。


「ん?」


腕を緩めてわざと顔を覗きこむと、とたんに季沙はおもしろくなさそうに口をへの字に曲げた。


「べつに……こうちゃんがしたくないならいいけど」

「俺はいつでもしたいけど」

「な!」

「季沙は?」


したい、と。

小さな声が言い終わるのは、どうしても待てなかった。


こんなふうに触れていると、制御できないほどの気持ちが奥底からあふれ出てしまって、それはけっこう厄介だなと思う。

自分がこんなにも欲にまみれた人間だということを思い知るから。


胸元を弱々しく掴んでくる手を両方とも捕まえた。

指を絡め、つないだまま、ふたりのあいだにある酸素をすべて奪っていく。


苦しそうに口を開いた隙を逃さず、もっと奥深くへ入りこんでいく。


もっと、もっとだ。

ぜんぜん足りない。


「ん……こうちゃん、くるしいよ」


ようやっと酸素にありつけた季沙が、呼吸を整えながらうらめしそうに俺を見上げた。

それでもとろけそうな目と、高揚した表情は、なんの説得力もないけど。


ああ、やっぱりぜんぜん足りないな。


こんなに一緒にいても、こんなに触れていても。

まだまだ欲しい、と、あさましいことを思うなんて。

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