グッバイ・メロディー
「わたしは大人のちゅうがいいなんて言ってないのに……」
くちびるに残った、どちらのものかもわからない唾液を指でなぞりながら、むーと膨れる。
「やだった?」
再びその指先を捕まえ、質問といっしょに額をごつんとぶつけた。
少し戸惑った感じで握力が返ってくる。
やだった、と言われたら、俺はもういちど同じことをしてしまうかもしれない。
季沙は答えないでずっと黙っていた。
もしかしたら本当に怒っているのかも。
「季沙」
ごめん、と言いかけて。
「連れていきたい」
迷って、悩んで、考えこんで、ずっと封印していた言葉が、なぜこんなタイミングで口から滑り落ちたのか、自分でもよくわからない。
すぐ下にある瞳が弾かれたように開き、俺を見上げた。
距離が近すぎてピントがぼけている。
「なんの、保証もないけど。もしかしたらつらい思いもさせるかも。家族とも、友達とも、離れることになるし……」
言い訳みたいになってしまった。
しょうがない。
先に言い訳くらいさせてほしい。
だって、季沙がここに置いていくものより大きな幸せを、ちっぽけな俺ではきっと与えてやれないと思うのだ。