愛なんていらない。
はっきり言うと、ウチのマンションへの引っ越しを今からでも取り消してほしい。
大丈夫だ、まだ間に合う。
それを言えないのは、もう引っ越しは過去のことで、もう片付けが済んでいるという俺の予想という根拠があるからだ。
誰かが隣に越してくる予感はしてた。
夜中に隣から不気味な音がしていたし、何かを落としたであろう音までした。
───深夜なのに。
あの時に気付いておけば止めに行けたのに。
深夜業務の引っ越し屋なんてないだろ。
近所への迷惑とかを考えで、大体夕方までだ。
大方、自分の家の誰かに頼む…命令して、手伝わせたんだろう。お願いされた可能性もなくはない。
あり得る話だ。
「倉庫には行くようにする。みんなが不安になるかもしれないから」
俯きがちにニコリと笑った。
多分、俺たちを安心させようとして。
いつもそうだ。心配してる俺たちを逆に心配していたり、俺たちが不安だったら元気だ、ってアピールする。
その姿にいつも、助けられてきた。
─────でも今は違う。
「っ、湧?」
俺の腕の中で、苦しそうに身を捩る蒼。
悲しそうな顔を見たくない。今すぐにでもあそこから奪い去ってしまえればいいのに。
行くな、なんて言葉を蒼は求めていない。
波鬼と全く関わりのない俺が、簡単に立ち入ってはいけない。
だから、蒼を波姫から外させるなんてことも、できはしない。
本気で蒼が助けを求めてこない限りは。