博士と秘書のやさしい恋の始め方
痛いところを突かれた。

結婚は――したいかと問われればしたい。

しかしながら、できるかと問われると「できる」と断言できない。

断言するための根拠が自分にはない気がして。

恋愛が長続きしたことがあまりないうえ、愛想をつかされ去られるのはいつも自分のほうだった。

「靖明に必要なのは自信じゃなくて覚悟でしょ。そもそもさ、絶対的な自信をもって結婚する人なんているのかね」

さらりと言い切る周に少しカチンときた。

よくも簡単に言いやがって。こちらが何も言い返せないような的確な指摘をしやがって。

「自分だって独身のくせに偉そうに」

言われっぱなしがおもしろくなくて毒づいた。

まったく、これでは大人に悪態をつく子どもだな……。

「覚悟がないからね、僕は。だから独りなんだよ」

おどけて開き直ったようなことを言いつつ、周の表情はどこか悲しく儚げに見えた。

俺には根掘り葉掘り聞いてくるくせに、周は自分の恋愛についてあまり語りたがらない。

義理の姉さん(井原家の長男の嫁)がこっそり俺に言うことには、どうも少々わけありの女性に想いを寄せているらしいとか……。

俺は周本人が話す気になるまで無理に聞きだすことはしないつもりでいる。

もちろん、興味がないといえば嘘になるし、友人として気がかりといえば気がかりではあるが。

「僕と違っておまえは覚悟があるんでしょ? だったらそれを態度で示すべきだよ。なにしろもういいトシなんだから。もし、その秘書さんも結婚話に揺れるお年頃であればなおさらだよ」

「そうだろうな……」

「女の人を不安にさせちゃいけないよ。おまえだって、真剣なのに遊びだなんて勘違いされたくないだろ? まあでもなぁ、結婚しないで真剣に付き合い続ける人たちもいるからなぁ。ただ、そういう考えであるならあらかじめ言ってあげるべきだろうね」

山下さんにも結婚願望とやらがあるのだろうか。

俺には――どうだろう? 

子どもの頃に両親の修羅場を見てきた俺は、正直あまり結婚に夢や理想を描けない。

シビアな現実を見せつけられてきたぶん、楽観的に考えられないのだ。

俺にとって結婚とは、ある意味「挑むもの」というか。

幸福への切符ではなく、幸福への挑戦とでもいおうか。

平凡で温かい家庭は、俺にとっては遠い憧れなのである。

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