博士と秘書のやさしい恋の始め方
駐車場は建物のすぐ裏手にあって、車まで雨に濡れずに行くことができた。

4、5台ほどが止められる小さな屋内型駐車場に、黒いプリウスがぽつんと一台とまっている。

先生は道着の入った大きなバッグと私の重たい引き出物を持ちながら、ポケットから器用に車のキーを出して解除した。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

先生が助手席のドアを開けてくれて、勧められるまま乗り込む私。

ちょっとだけ、緊張する。

もしも相手が、古賀先生や真鍋さんなら? 

きっと、こんなふうにはドキドキしたりしないのだろう。

心の距離的には田中先生のほうがずっとずっと近いはずなのに、なのに――近いからこそドキドキする。

特別だから、ドキドキする。

「閉めますよ?」

「あ、はいっ」

私がちゃんとシートに座るのを確認してドアを閉める田中先生。

なんだか、大事にそーっとしまわれちゃったみたい。

“扱う”と言い方はあれだけど、本当に大切なものとして扱ってもらっている感じがして……すごく幸せ。

穏やかな口調とか、乱暴でないドアの閉め方とか、先生の立ち居振る舞いはとても丁寧で、私をほわんとうっとりさせた。

後部座席には重たい引き出物と大きなバッグが仲良く並んでいて、助手席には私がいて、運転席には先生がいる。

それだけでもう、今この瞬間が嬉しくてわくわくした。

「シートベルト、大丈夫ですか?」

「それはわかりそうなんですが、シートが……」

ちょっとシートの角度を直したかった。

だって、ものすごくゆるーっと後ろに倒れていて落ち着かないのだもの。

「すみません。このあいだ、布川先生を乗せたときのままですね」

布川先生のご自宅はB市内ではなく東京よりのところで、電車とバスで通勤されている。

なので、駅までのバスが限られてくる夜などは、田中先生が布川先生を駅まで送ってさしあげることがあるのだとか。

「布川先生、腰が少々辛いらしくて。いつもシートはそんな感じで」

「なるほどです」

女の人を乗せていたのかな、なんて。そんなことは不思議と考えなかった。

それでも、布川先生の仕業(?)とわかり、やっぱりちょっと安心したような。

「座席の脇に調節するレバーがあると思うのですが、わかりますか?」

「えーと……」

通勤はバスだから車に乗るのはけっこう久々だし、まして人様の車となるとますます勝手がわからない。

「やりましょう」

「えっ」

言うやいなや、まごまごしている私のほうへ先生が身を乗り出してきた。

ちょっと覆いかぶさるような格好の先生と、息をとめて固まる私。

さっき、抱きしめてもらったはずなのに。

自分から抱きついて甘えていたくせに。

なのに、こうしているだけで、息もできないほどドキドキする。

「これでどうだろう?」

「だ、大丈夫ですっ」

本当は大丈夫じゃない、別の意味で……。

倒れていたシートを元に戻してもらったら、先生との距離が一層縮まった。




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