博士と秘書のやさしい恋の始め方
なんて優しい温かさだろう。とても安心で、すごく幸せで。

「まいったな」

「え?」

はてなと見上げて首を傾げると、先生はきまり悪そうに苦笑した。

「こうしているときりがない」

「すみません……」

あまりに心地よいものだから、ついつい離れがたくて。

私はすごすごと離れて座りなおそうとした。

でも――。

「いや、俺が離れられないという話です」

再び先生に引き寄せられて、私はすがるように先生の肩に頬を寄せた。

互いに座っていると、なかなか上手く抱き合えない。

でも、そんな歯がゆささえも今はとても楽しくて愛おしかった。

「さて、と。そろそろ出ましょうか」

「はい」

「あなたを送り届けたあと、俺はラボへ行かなければ」

「ええっ」

休日だというのに、先生の多忙さと熱心さに頭が下がった。

そして、寄り道して送らせてしまうことに罪悪感……。

だってここからだと、遠回りしてラボへ向かうかたちになってしまうし。

「先生、あの……」

「時間はいっぱいあるのですよね?」

「え?」

「うんと遠回りして行きますから」

そうして先生はしれっとした顔で「これがタクシーならかなりの悪徳だ」と言いながら、さっさとシートベルトをしめてエンジンをかけた。

「先生の時間が許す限り、いっぱい連れまわしてください」

私はうきうきしながら、はりきってシートベルトをしめた。

「ラボでの作業はちょっとした状況確認だけで、たいした仕事ではないので。どうか気にしないでください」

「わかりました」

先生のこういう気遣いがすごく嬉しい。

真面目な先生が好き。

仕事熱心な先生が好き。

手先はきっと器用なのに心は不器用な先生が好き。

無愛想して誤解されちゃうトホホな先生が好き。

みんなみんな、まるごと全部抱きしめたいほど先生が好き。

「では、行きましょうか」

「はいっ」

車がゆっくりと雨降りの街へ走り出す。

気づけばさっきよりずっと雨脚が強くなっている。

普通なら憂鬱になってしまうような強い雨に暗い空。

けれども今は――雨に閉じ込められたようなこの時間が、とてもとても心地よかった。





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