博士と秘書のやさしい恋の始め方
◆嫉妬についての自己分析
七月。忙しくしているうちに梅雨も明け、いよいよ夏本番という暑い日だった。

ラボへ着くと今朝は俺が一番のりで、いつもは既にいるであろう彼女の姿がない。

それもそのはず、本日の秘書さんのご予定は「本所で研修」だから。

彼女の不在については予め知っていたので驚かないが、それにしても――居室が暑い、不快すぎる……。

俺は窓を開けて一旦換気をすませると、エアコンのスイッチを入れて温度をとりあえず低めに設定した。

そうか、これは最初にきた人間がやらなきゃならない作業なんだよな。

いつもなら彼女が朝一番に来て整えてくれているので忘れていた。

誰にでもできる雑務といえば雑務かもしれない。しかしながら、彼女の丁寧で献身的な仕事ぶりを思うと、やっぱり俺は感心して感謝せずにいられなかった。

彼女のいないラボはやっぱり何かつまらない。

もちろん、ラボでは互いに節度をもって接している。職場は職場、彼女に会うためでなく、仕事をするために来ているのだからな。

それでも――ラボに彼女の姿がないのは、やはり淋しく物足りない。

まったく、毎週末ふたりで過ごしているくせに……にもかかわらずこれだからな。

堪え性の無い自分が、情けないやらおかしいやら……。

そんな俺の心情を見透かしたように(本当に見透かされていたら困るのだが……)、布川先生から思わぬ仕事が舞い込んだ。

「ごめん、田中クン。急で悪いんだけど、ぼくの代わりに午後から本所に行ってもらえるかな?」

「本所に、ですか?」

とりあえず、平静を装って今一度聞き返してみた。

内心では、居酒屋の店員よろしく「ハイッ、喜んでっ」と既に快諾していたが。

「どうしても外せない予定が急にかち合っちゃってね。シンポジウムにちょろっと顔だすだけでいいんだけど、頼めるかな?」


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