博士と秘書のやさしい恋の始め方
本所へは電車ではなく車で行くことにした。
車での通勤に慣れてしまうと、公共の交通機関を使っての移動がどうにも億劫で仕方がない。
時刻表に縛られたり、振り回されるのは煩わしいし。混雑に耐えたり、荷物を持って立ったままという状況も避けたいところだからな。
運よく座れれば寝ていけるという話もあるが、運転が苦でない俺にとっては車のほうが断然らくだ。ただし、渋滞と駐車場確保の問題がなければだが。
本所へ行くのはいつ以来だろうか? 途中、思いがけない事故渋滞がありつつも、十分に余裕をもって出てきたおかげで、予定よりずいぶん早く到着できた。
彼女には俺が本所へ来ることを連絡していない。着いてから「実は今ここにいる」と知らせて驚かせてみたかった。
まったく、自分がこんな子どもじみたことをするなどとは。彼女と知り合ってからの俺は、意外な自分に遭遇してばかりだ。
まだ昼休みの時間だし、今メールを送れば見てくれるかもしれない。とりあえず《布川先生の代理で本所に来ています。終わったら一緒に帰れる?》と、用件のみのメールをさくっと送信。
さて、彼女は驚いてくれるだろうか? 喜んで、くれるだろうか?
そんなことを期待しながらシンポジウム会場へ向かって歩いていると――。
「(あれは……沙理?)」
とある建物の中に、彼女らしき女性が見えた。いや、間違いなく沙理だ。ガラス越しではあるが、俺が彼女を見間違えるわけがない。
こぢんまりとした造りのその建物は研究所の歴史などを展示した資料館で、細々とオリジナルグッズの販売などもしているのだとか。それにしても、職員はめったいに入ることなどないはずだが。
彼女はひとりではなく、男性とふたりでいた。
歳は俺と同じくらいか、或いは少し下だろうか。
本所の研究員か、それとも来訪者?
そうか、きっと見学に訪れた人の案内を――いや、違うな。決してそうは見えない。
空気の読めない俺にもわかった。その“ただならぬ訳ありな感じの空気”が……。
なんだろう、なんとも近づきがたい雰囲気に胸騒ぎがする。
それでも、いや――だからこそ、俺は行かずにいられなかった。
「山下さん」
「田中先生!? ど、どうしてここに……?」
車での通勤に慣れてしまうと、公共の交通機関を使っての移動がどうにも億劫で仕方がない。
時刻表に縛られたり、振り回されるのは煩わしいし。混雑に耐えたり、荷物を持って立ったままという状況も避けたいところだからな。
運よく座れれば寝ていけるという話もあるが、運転が苦でない俺にとっては車のほうが断然らくだ。ただし、渋滞と駐車場確保の問題がなければだが。
本所へ行くのはいつ以来だろうか? 途中、思いがけない事故渋滞がありつつも、十分に余裕をもって出てきたおかげで、予定よりずいぶん早く到着できた。
彼女には俺が本所へ来ることを連絡していない。着いてから「実は今ここにいる」と知らせて驚かせてみたかった。
まったく、自分がこんな子どもじみたことをするなどとは。彼女と知り合ってからの俺は、意外な自分に遭遇してばかりだ。
まだ昼休みの時間だし、今メールを送れば見てくれるかもしれない。とりあえず《布川先生の代理で本所に来ています。終わったら一緒に帰れる?》と、用件のみのメールをさくっと送信。
さて、彼女は驚いてくれるだろうか? 喜んで、くれるだろうか?
そんなことを期待しながらシンポジウム会場へ向かって歩いていると――。
「(あれは……沙理?)」
とある建物の中に、彼女らしき女性が見えた。いや、間違いなく沙理だ。ガラス越しではあるが、俺が彼女を見間違えるわけがない。
こぢんまりとした造りのその建物は研究所の歴史などを展示した資料館で、細々とオリジナルグッズの販売などもしているのだとか。それにしても、職員はめったいに入ることなどないはずだが。
彼女はひとりではなく、男性とふたりでいた。
歳は俺と同じくらいか、或いは少し下だろうか。
本所の研究員か、それとも来訪者?
そうか、きっと見学に訪れた人の案内を――いや、違うな。決してそうは見えない。
空気の読めない俺にもわかった。その“ただならぬ訳ありな感じの空気”が……。
なんだろう、なんとも近づきがたい雰囲気に胸騒ぎがする。
それでも、いや――だからこそ、俺は行かずにいられなかった。
「山下さん」
「田中先生!? ど、どうしてここに……?」