博士と秘書のやさしい恋の始め方
こうして会話をしていても視線が泳いだりはしないし。都合の悪い話題を意図的に避けようという感じもない。

まさに、自然体……俺の知ってる可愛い彼女だ。

しかしながら――わ、わからない……彼女の心理が。

昼間、遊佐と彼女が一緒にいたとき――思いがけない俺の登場に、彼女は明らかに困惑し、動揺していた。

それには何かしらの理由があるに違いない。そして、俺が少なからず怪訝に思っていることを彼女も気づいているはず。

なのに――何故に何も語らない? 

もちろん、彼女のことは信じている。俺がいながら遊佐とも……などというのはあり得ない。

そんなことはわかっている。そう……わかっているのだから、わかっていればそれでいい、はずなのだが――。

「今日はスーツなんですね」

「えっ、何が?」

少しぼんやりしていたようだ。彼女のことを観察(?)していたはずが、考えすぎて上の空……。

「今日の服です。スーツ姿、初めて見ました」

「そう?」

「そうですよ。だって、私がラボのメンバーでスーツ着てるの見たことあるのは布川先生だけですもん」

「そうか……」

確かに、ロッカーに一着常備はしているものの、ラボで着ることはまずないし。学会のときは直出直帰の出張がほとんどだからな。

「似合ってます、すごく」

彼女は恥ずかしそうに微笑みながらも、まっすぐに俺を見て言ってくれた。

「昼間はバタバタしてて言いそびれちゃったんですけど、素敵すぎて衝撃でした。あ、ラボで見るいつもの感じもいいんですけどね。でも、スーツもとってもいいです」

「そう言ってもらえると……。普段あまり着慣れていないから」

率直に嬉しかった。そりゃあ褒められれば嬉しいに決まっているが、そうではなく……彼女だから。

「ところで、靖明くん」

「なんだろう……?」

平静を装いつつも、話題の転換にやや身構える。

彼女はそんな俺をまっすぐ見つめたまま穏やかに言った。

「おうちへ帰るまえに、連れて行ってほしい場所があるんですが――」


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