博士と秘書のやさしい恋の始め方
彼女はいったい何を思っているのだろう。

俺はなぜ、何も言えずにいるのだろう……。

「靖明くん」

「うん?」

「聞かないんですか、遊佐先生とのこと」

唐突だった……。

それにしても、どうしてそんな聞き方を? 俺が「そうだ」と答えたら「わかりました」と話さない気なのか? 

暗がりで彼女の表情が正確にはわからない。わからないが故だろうか、この状況に俺はますます苛立ちを覚えた。

「そちらこそ、話す気はないんですか?」

あからさまに、つっけんどんな言い方をした。しかしながら――。

「聞いて、くださいますか……?」

彼女の答えは丁寧で、その声にはどこか悲しみが滲んでいた。

まったく、俺はなんて大人げない……。

「すまない。嫌な言い方をしてしまった……」

「そんなことないです。私がずるい言い方をしたから」

「いや、いいんだ。俺が悪い。それで、その……聞かせてもらえるだろうか?」

彼女はこっくり頷くと、ゆっくり静かに話し始めた。

「お付き合いのようなことをしていたんです、遊佐先生と」

は? いきなり意味がわからなかった。

「ようなこと、というのはどういう……?」

「なんていうか、彼氏彼女として付き合っているつもりだったのは私だけで。遊佐先生はそういうつもりじゃなかったというか」

それは片想いというやつか? いや、違うだろう。それは、つまり――。

「有り体に言えば、オプション付きの遊びだったんでしょうね」

「オプションつき?」

「ドイツ語が習えるオプション付きです」

あの男……。俺はもう、はらわたが煮えくり返る思いだった。

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