博士と秘書のやさしい恋の始め方
緑豊かな広大に敷地に立ち並ぶ無表情な建物たち。

「社屋」ではなく「研究棟」と呼ばれるこの建物群では、多くの研究者と技術スタッフが働いている。

私の勤務先は、産官学など様々な機関と連携して先進的な理工学研究を行う研究所。

「本所」と呼ばれる東京の研究所のほかに「支所」と呼ばれる研究所が国内に四ヵ所。

ここ北関東のB市にあるB研究所(B研)もそのひとつになる。


私は研究所に入職して七年目(会社ではないので入社とは言わないし、かといって入所という言い方もしない)。

事務職採用で会計課に三年、そのあと環境工学系の研究室に秘書として配属されて三年。

そして、今日からの新しい配属先は遺伝子工学系の研究室。

研究室秘書としては四年目ということになる。

仕事は研究室(ラボ)の事務スタッフとして、研究者や技術スタッフをサポートすること。

「秘書さん」とか「アシスタントさん」とかいろいろな呼ばれ方をするけれど、つまるところ、雑務から業者さんとのちょっとした交渉まで、実験以外はなんでもこなす「なんでも屋」といったところか。

初めての転勤とはいえ、心機一転したい私には不安より期待のほうが断然勝っていた。

秘書の仕事を続けたいと思っていたし、まさに渡りに船のような転勤話。

けれども、ひとつだけ気になることがあった。
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