博士と秘書のやさしい恋の始め方
私は毛筆専門で、美緒はだいたいいつも硬筆。しばらく思い思いに練習をしてから昼食にした。

「そういえばさ、総務課で新里さんに会ったんだよね」

「そりゃあ行けば会うでしょ。代休でもない限り」

美緒のこういうところ、相変わらずだなぁって思う。

どうにもせっかちで、サバサバしていて(ときどきバサバサとも……)。漢(オトコ)前な性格なんだよね。

「新里さん、少し太った?」

「うっわ~、やっぱり沙理もそう思う?」

「幸せ太りってやつだね」

来月に結婚式を控えたふたりは幸せいっぱいなんだろうなぁ。新里さん、いい人だし。

「沙理はどうなの?」

「ええっ。私、痩せてもいないけど太ってもいないはずだよ!?」

「いや、そうじゃなくて……」

「うん?」

「だーかーらー。そろそろ新しい恋、見つけられそう?って」

何の気なしに聞いているようでも、美緒が私をとても心配しているのがよくわかった。

本所とB研で職場が離れてしまっても、私たちは互いの悩みをよく相談しあっていたから。

仕事のことも、恋愛のことも。

だから、私はここへ異動になるまえから新里さんと親しかったし。

美緒は私が好になった男性(ひと)のことも、失恋の顛末も知っている。

「新しい恋っていってもねぇ。ほら、出会いないし」

私はずるい。

新しい恋を見つけられそうかという問いは、あの人とのことを忘れられたのかという確認だとわかっていたのに。

とぼけてそれには触れなかった。

「あるじゃん、出会い」

「どこに?」

「ラボに」

「はあっ!?」
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