博士と秘書のやさしい恋の始め方
今日だって、彼女のことを軽んじるような態度や言動が不愉快で仕方がなかった。それが、よもやそんな過去が……。

「私がバカだったんです。都合よく利用されているとも気づかないで、ひとりで熱をあげたりして」

「そんなことは……」

「あるんです」

「えっ……」

「相手のことを真剣に想っていれば、ちゃんと向き合っていれば気づけたはずなんです。心がないことくらいわかったはずなんです」

決して遊佐を庇いだてして言っているのではない。遊佐に未練があるわけでもない。それは、彼女の話しぶりから十分にわかった。

「そりゃあ、利用されていただけってわかったときはショックでしたよ。でも、ドイツ行きを知ったからって追いかけようなんて情熱はありませんでしたし」

彼女は遠くに見える美しい街の光を眺めながら淡々と言った。

「結局、その程度のものだったんです。だから、今日思いがけず本所で出くわして結婚するって聞いたときも何とも思いませんでしたし」

そうか……。そうやって自分なりの決着をつけて、あの男を恨み続けるでもなく前に進み始めたわけか。

と、それはそうと――それじゃあ資料館でのあれはいったい何だったんだ? まさか本当に土産物選びに付き合っていたわけではないだろう?

「あの男と一緒に資料館にいたのは何故……?」

「あれはですね、ちょっとふたりで話があるって呼び出されまして」

「はあ!?」

「あっ、誤解しないでください。復縁を迫られたとかじゃないんで。そもそも戻す縁とかないですし」

縁……。

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