博士と秘書のやさしい恋の始め方
◇恋は静かにおとずれて――
ああ、今日は本当に濃ゆーい一日だったなぁ……。

シャワーを浴びてスッキリさっぱりした私は、“みーちゃん”を道ずれにベッドにどさりと倒れ込んだ。

みーちゃんというのは、あのミトコンドリアのぬいぐるみのこと。ミトコンドリアの「ミ」をとって、みーちゃん。

彼は「猫か?」なんて笑ったけれど、命名した私はいかにもな安直さを気に入っていたりする。

それにしても――まさか遊佐先生に会うなんて。

しかも、よりによってあんな場面で靖明くんが現れるなんて……。

ふぅと大きく息をついて、ひとりで眠るには広々なベッドに大の字になって目を閉じる。

私は彼がシャワーを浴びて戻ってくるのを待ちながら、長かった一日のことを振り返った。

朝から本所で研修会に参加していた私が遊佐先生に出くわしたのは、カフェテリアで昼休憩をとっていたときのことだった。

「ああっ。ねぇ、あれって遊佐先生じゃない?」

「えっ?」

驚いてその視線の先を見遣ると、紛れもなくスーツ姿の遊佐先生がいた。

「ホントだぁ。あのイケメンぶり、間違いないわぁ」

「うわー、ドイツに行ってますますカッコよくなったんじゃない?」

一緒に研修を受けているお仲間たちが、ひそひそきゃあきゃあと色めき立つ。

そんな彼女たちをよそに、私はなんとも言えない気持ちでいた。

私に非はないのだし、気まずいのとは違う。ただ、正直会いたくない人ではある。

できればこちらに気づかず行ってしまって欲しかった。なのに――。

「遊佐せんせーい♪ お久ぶりでーす」

げげっ。あろうことか、同じテーブルにいた女性のひとりが、わざわざにこにこ呼び寄せた……。

「やあ、皆さんお久しぶりです。おや? そちらのいるのは山下さんじゃないですか」

「どうも、お久しぶりです……」


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