博士と秘書のやさしい恋の始め方
まったく望んでいない再会だった。そんな私の気持ちなどつゆ知らず、ほかの女性たちは貴公子(?)遊佐先生の久々の登場にうきうきだ。

「遊佐先生、このたびはご婚約おめでとうございます♪」

えっ、婚約? 思いがけない言葉に一瞬だけ耳を疑った。

「まいったなぁ。さすが、早耳だなぁ」

「もちろんですよー。お相手は、あちらの大学で教鞭をとられている澤井(さわい)教授のお嬢さんなんでしょお? 超セレブじゃないですかぁ」

「ひょっとして、おめでたい報告をするための帰国ですかあ?」

その情報は、本所の事務方(特に女性陣)の間ではわりと知られていることのようだった。

私にとってはまったく初耳だったけど。そして、どうでもいいことだった。

ひょっとしたら、日本にいたときから――私とつきあっているときから何かしらあったのかもしれない。それでも、やっぱり私にはもう関係のないどうでもいいことに思えた。

まあ、ドイツに行ってまだ一年もたっていないし、その展開の速さには少し驚いたけれど。ショックでもないし、悔しくも、恨めしくもなかった。私にとってはもはや関心を払うべき対象ではないのだ。

そんな私とは裏腹に、遊佐先生はしれっと何でもないふうなようでいて、明らかにチラチラと私の表情をうかがっていた。

さすがの遊佐先生でも気になるわけだ。さんざん利用した挙句にポイッと捨てて泣き寝入りさせた昔の女の動向が。

おおかた、せっかくのセレブ婚が後ろ暗い過去のせいで破談になるのは困るってとこかな? 

彼は、そういう人だから。

「私、先に研修室に戻ってますね」

遊佐先生のセレブ婚にも所内のゴシップにも興味のない私は、食べ終えた食器がのったトレイを持って立ち上がった。

「じゃ、失礼します」

遊佐先生に軽く会釈して、私はさっさと配膳口にトレイを置いてカフェテリアを出た。すると――。

「ちょっといいかな?」

あろうことか、遊佐先生があとを追ってやってきた。

「なんでしょうか?」

面倒くさいなぁ……。正直、そう思った。

「少し話がしたいんだが」

「どうぞ」

私は「はいはい聞くので今すぐどうぞ」という調子で、遊佐先生にさっさと話せと促した。

「いや、ここではなくて……どこかふたりで話したいのだが」
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