博士と秘書のやさしい恋の始め方
重ね重ね面倒くさい……。

私には話すことはないし。そう言って振り切ってしまうのもありだとは思った。

でも――。

「わかりました。資料館にしましょう。あそこなら静かで人もいないでしょうし」

面倒だけれど、完全に決別をするいい機会かも。今ここで遊佐先生の話をきいてあげないで、あとあともっと面倒に巻き込まれるもごめんだし。

それに――あの頃はいつだって待つばかりで、挙句に一方的に切られて……そこに私の意思はまるでなかった。けど、今はもう違うから。

話して決着をつけて、私のほうから遊佐先生とは一切関わりたくないという意思を示したかった。そうすることで、すべてを手放したかった。

資料館までの道すがら、私はひたすら不機嫌だった。

「しばらく会わなかったけど元気にしてたのかい?」

「はい」

「山根さんに聞いたけど、今はB研にいるんだって?」

「ええ」

遊佐先生から投げかけられる質問に、私が機械的に簡潔に答える。その冷やかなやりとりは、キャッチボールではなく、まさにバッティングセンターのそれだった。

「都落ちなんて可愛そうに。でもまた本所に戻ってこられるんでしょ?」

イ、イライラする……。都落ちって何よ。たまーにいるんだよね、こんなふうに“本所勤務はエリートで支所は落ちぶれ”みたいに勘違いしている人が。

そもそも、支所って実際には本所の出先機関というよりは、地方に施設を構えて本所とは違う分野の研究を行っている機関なのに。

「勤務地は私の一存でどうにかなるものではありませんので」

さらりとそう答えると、私は先を急いで黙々と歩いた。

資料館は静かで人も少ないけれど、ガラス張りで建物の中がよく見える造りになっている。遊佐先生とはできるだけ人目のあるところで話したかった。

「お話ってなんでしょうか?」

本当、できるだけ手短にすませたいのだけど。午後も引き続き研修だし。

「僕、結婚するんだよ」

「そのようですね。おめでとうございます」

やっぱりその話だった。

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