博士と秘書のやさしい恋の始め方
率直に伝えた。強がりでも負け惜しみでもなく、これが私の本心だから。

「君、あんなに僕に夢中だったろう?」

「過去のことです。ですから、先生がご心配されているようなことは絶対にありませんので。どうぞご安心を」

「し、信じられないなぁ……」

何を焦っているんだろう? ここはほっとして喜ぶべきところでしょうに。

まあ、私があまりにもショックを受けてないのが想定外だったんだろうなぁ。

本当に、バカみたいに勝手な人。関わるなと自分から言っておいて、関心がないと言われたらこうなのだから。

ある意味、幼稚な人なのかな。関心を払われることこそすべて、というか。

遊佐先生にとっては、憎まれるより恨まれるより「どうでもいい」とされることが、何より耐え難い屈辱なのかもしれない。

私はこの人のどんなところが好きだったのだろう? 私はこの人に恋をしていたのだろうか? 

正直、よくわからない。

でも――今はもうどうでもいいことだった。なんだろう? なんだかちょっと清々しい。

自信がなくて「自分のない恋」をしていた過去を、よくやく手放せた気がした。

そんなところに――。

「山下さん」

驚くことに、彼が現れた。

「田中先生!? ど、どうしてここに……?」

なんで? 本所に来るなんて言ってなかったじゃないっ。しかも、なんで資料館なんかに? こんな、タイミングで……。

私はひどく困惑した。だって、遊佐先生との過去を知られたくなかったから。

今さっき手放せたとばかり思ったのに。みじめな自分を、彼には知られたくなかったのに……。


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