博士と秘書のやさしい恋の始め方
昼休みも終わって実験室へ行くと、白衣を掛けるハンガーラックのすぐ横に何やら注意書きつきの箱が設置されていた。

「(これは……秘書が入っていた段ボール?)」

少し大き目で割としっかりとした作りの段ボール箱。“金曜の夜までに出してください”か……。

総務課のところで彼女が「お持ち帰りする」と言うので、俺がついでに運んできたが……なるほど、こういう使い方をするつもりだったのか。

「あれ? もうやってくれたんだ、山下さん」

実験室へ戻ってきた三角さんが、その箱に気づいてニコッと笑う。

「今朝ね、話していたんですよ。テクニカルの居室にあるよりここのほうが使い勝手がいいよねって。あと、大きいやつに替えましょうねって」

確かにここなら、汚れた白衣をすぐにポイッとクリーニングに出せるし。この大きさであれば、ヨレヨレの白衣が見苦しく箱からあふれることもない。それに――。

「ああっ、棚を整理してクリーニング済みの白衣の置き場所を作ってくれたんだ。おおーっ、ちゃんと個人の場所が決まってて仕分けして置いてありますよ」

クリーニング済みの白衣がここにあれば、すぐにサッと着られて便利だ。

「ほんと助かりますね。ドサッと箱に入った中から自分のを探すのって、けっこう面倒なんですよ。白衣ってかさばって重たいし」

三角さんは感心しきりで、整えられた棚や箱をしげしげと眺めた。

それにしても、箱にぴたりと貼り付けられたこの紙、この字は……。

「(なぜ毛筆? しかも達筆……)」

半紙と思しき白い紙にダイナミックに書かれた“白衣”の文字。

腕組みしたまま、思わず「うーむ」と首を傾げる。

「彼女、書道部なんだそうですよ」

「なるほど、それで……」

そういえば午前中に会計課の藤田さんと部活がどうとか話していたような。

「いい秘書さんが来てくれましたね」

三角さんはふふふと笑った。

「明るくてよく気がつくし」

「仕事も早い」

「そうそう。それに可愛いし、ね?」

これはまた、随分と含みのある言い方を……。

「おもしろい人だと思いますよ」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる三角さんを、俺はさらりとかわした。
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