博士と秘書のやさしい恋の始め方
山下さんのすごいところは、ケチケチしていないというか、どんな仕事でも意欲的にこなすところだ。内心はわからないが、少なくともはたから見る分には楽しそうにさえ見える。

気分にむらがなく、いつも仕事を頼みやすく相談しやすい秘書というのは、男の俺としては非常にありがたい。

「それでですね、私も先生にひとつ相談がありまして――」

「なんでしょう?」

「布川先生の許可を取って備品庫に収納用品を入れることにしたんですが。そのへんの力仕事のところで少しお手伝いをお願いできたらと……」

「わかりました」

そんなのはお安い御用と快諾すると、山下さんはにっこりと安堵の笑顔を見せた。

「ありがとうございます。よかったです、田中先生に相談できて」

「よかったなら……よかったです、何より」

なんだろう、こちらのほうが「ありがとう」と言いたいような。山下さんの力になれて、なんとも得した気分というか……心地よい。

「だって、布川先生には頼めないじゃないですか」

山下さんは何やら思うところがあるようで、ひとりで小さくくすりと笑った。

「きっと、はりきってOKしてくださると思うんですけどね。でも、ご老体に鞭打ったばかりにギックリとかポッキリとか、本当洒落になりませんから」

ほほう、この人もこういう黒い冗談を言ったりするのか。優等生秘書の意外な一面、なんて。

おもしろいので、俺もちょっと話に乗ってみた。

「ポックリだとラボは解散ですよ」

「田中先生、言い過ぎですっっ」

「ここだけの話です」

「本当に意地悪なんですね」

山下さんは「あぶない話はもうおしまいです」と俺をたしなめつつ、やっぱり笑った。

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