博士と秘書のやさしい恋の始め方
「ところで、もうひとつ何か用件があったのでは?」

「あっ、そうでした。すみませんっ」

「それで?」

こちらから話を促すと、山下さんは少しあらたまった様子で話し始めた。

「会計伝票の件なんですが――」

なるほど、その件か……。

まったく、午前中は情けないところを見られてしまった。

どうにもこうにも事務仕事は苦手で、特に会計伝票の処理はちっとも覚えることができない。

藤田さんが言うように業者との兼ね合いもあるし適切に迅速に処理しなければいけないのはわかっている。

しかしながら――実際、研究員にとっては伝票処理は毎日発生する仕事ではないし。

基本的にいつも研究のことで頭がいっぱいで、伝票処理の細かいルールなどはその都度キレイに忘れてしまう。まさに揮発性情報とでもいおうか。

そのおかげで、脳内の仕事領域を常に研究のみに割り当てられるのだ――などというのは、詭弁であるのはわかっている……。

さすがの山下さんも呆れて釘を刺しに来たのだろうか。

彼女のことだから、ガミガミだのネチネチだのという怒り方はしないのだろうが、やんわりと念を押しにきたのかもしれない。

ここは率直に自分の事務処理能力の低さを認めておくべきだろう。謝罪の前倒しというのは少々卑怯な気もするが、申し訳ないと思っているのは事実だ。

「その……いつも会計伝票のことでは――」

「今後は先生方の負担をもっと軽減できると思いますので」

「は?」

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