博士と秘書のやさしい恋の始め方
思いがけず、怒られなかった……。

「過去の伝票をあらためて見直してみたんですが、秘書が代理申請できるようなものも田中先生や古賀先生に処理をお願いしていたようなので」

「はぁ」

「ですから、これからは業者さんがらみの請求書の類は私にまわしていただいて、秘書が代理で処理できないものだけお願いします」

「それで、いいんですか?」

「大丈夫です」

山下さんは力強く頷いた。

「もし先生方が処理した伝票に不備があっても、私が取りまとめる段階でわかるはずなので。そのときは相談させてください」

相談させてくれもなにも、そこまでやってもらえれば大助かりだ。

「私、会計課育ちなので」

いたずらっこみたいな笑みを見せる山下さん。

仕事ができて、皆に親切で、会計課育ちの山下さん。

おそらく猫好きで、よくわからないが段ボールも好きそうな山下さん。

そんな彼女は、うちのラボの秘書……か。

レイアウト変更の件や会計伝票のことなど、けっこう仕事の話をしたはずだった。

なのにどういうわけか――もっとも印象に残ったのは、山下さんの休日はいつも寝るだけで終わってしまうという情報と、彼女の笑顔だった。
< 32 / 226 >

この作品をシェア

pagetop