博士と秘書のやさしい恋の始め方
それにしても、遊佐先生とのことを思い出すなんて……。そうだ、きっと美緒があんな話をしたから。まったく、「田中先生にしておきなさい」なんて勝手なこと言って。

だいたい、田中先生は研究者だし。そもそも、先生が私なんかを相手にするわけ……。

仕事上はとても好意的に評価してくださっているとは思う。けど、それってきっと、私に対してだけでなくテクニカルの人たちとかみんなに対してそうなんじゃないかなって。

田中先生は真面目に頑張る人の努力を、しっかり評価してくれる人なのだ。

これはあくまでも私の印象なのだけど――努力の過程での失敗は許せるけど怠慢は許せない、みたいな。そういうところがあるんじゃないかなって。

さらにこれはもう完全な邪推になるのだけれど、持田さんと折り合いが悪かったのはその辺の事情があったのではないかと。秘書をバカにしているとかではなく、単純に持田さんの手抜きっぷりが嫌だったのかな、と。

だからといって、田中先生が秘書を恋愛対象としてみる人かどうかは……。

実際、研究者の奥様の中には「元は秘書でした」という方もいらっしゃる。出会いが少ないということもあるだろうし、苦楽をともにしているうちに恋が芽生えることだって……。

正直、田中先生と話しているとすごく楽しい。和むというか、元気が出るというか、癒されるというか。

でも、勘違いをしてはいけない。絶対に、いけないのだけど――。

「山下さん、なかなかの重装備ですね……」

「お褒めにあずかり恐縮です」

白手袋(しろて)に、マスクに、割烹着。まさに気合十分のこのいでたち。

休日出勤で気重などころか、おそらくワクワクテカテカの顔をして、田中先生の隣に並ぶ自分がいた……。
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