博士と秘書のやさしい恋の始め方
今日は土曜日ということで、先生方も真鍋さんもずいぶんとラフな格好をしている。

といっても、そもそもうちの研究所は全体的に普段でもカジュアルOKの職場なので。事務方でもスーツを着ている人はあまり見かけないし、うちのラボでも常にロッカーに常備はしているそうだけど、実際にそれを着ているのを見たのは布川先生だけだった。

田中先生はだいたいいつも普通のコットンのパンツにボタンダウンのシャツを着ているのだけど、今日は――。

「先生のそのシャツって、麻とか入ってますよね?」

洗いざらしのような風合いが柔らかいモスグリーンのシャツに、ジーンズとスニーカー。ジーンズ姿の先生は長い脚がいっそう長く見えて、買うときに裾上げとか要らなそうだなぁ……などと、つまらないことをつい考えてしまった。

「麻、なのかな? 着心地がとてもよくて気に入っているんです」

「独特の風合いがありますよね」

「そうですね」

いつもとは違うその印象に、ちょっとだけ休日の田中先生を垣間見ることができた気がして。なんだか得した気分になった。

作業は布川先生の到着を待たずに、田中先生の指示で始められた。

「間もなく業者も来ると思いますが、とりあえずテクニカルの居室は古賀先生と山下さん、実験室のほうは俺と真鍋さんで」

考えてみると、こんなふうにラボの人と何か一緒に作業をするのは初めてかも。

私の仕事はいつも単独でちょこちょこ動くばかりなので。

こうして集まって誰かの指示の下、誰かと一緒にというのはちょっと新鮮だった。

「古賀先生には毎度毎度ですが配線も含めてPCのセットアップを」

「了解です」

そういえば古賀先生ってけっこうなパソコンおたくだとかって……。おうちのパソコンは自作らしいって三角さんが言ってたっけ。

ラボのネットワーク管理とかも古賀先生がしているし。テクニカルさんたちもパソコン周りで困ったことがあると、まずは古賀先生のところに来るもんね。

「真鍋さんは俺と一緒に実験室で現調作業に立ち会ってください」

「OK牧場!」

真鍋さん……。

決して悪い人じゃないし、またまた三角さん情報によるとテクニカルとしての技術も優れた人らしいのだけど。なんだろう、合コン連敗中というのがちょっとわかる気がしてしまった……。

「山下さんには各部屋の搬入搬出で散らかった個所のお掃除をお願いするとして。その作業はサッとでいいので、その後は備品庫の整理のほうに取りかかってください」

「わかりました」

「布川先生もそろそろ顔を出す頃かな? 一時間くらいは居室にいるはずなので、業者に頼みたいことがあれば、その間に先生を通じて言えばOKかと思います。ちょっと無茶振りってことでも、布川先生が言えばだいたいは通ると思うので」

田中先生の話ぶりに、古賀先生と真鍋さんはぶははと笑った。

ラボと業者は持ちつ持たれつというか。決して黒いお金が動いているわけではないけれど、互いに最大限の融通をきかせ合っているには違いない。

「では、そういう感じで。よろしくお願いします」

「はいっ」

田中先生の声に古賀先生も真鍋さんも私も元気に答えて、それぞれの持ち場へ向かって作業を始めた。
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