博士と秘書のやさしい恋の始め方
ほどなくして田中先生と真鍋さんが来ると、古賀先生から素敵なお知らせと提案があった。

「えー、布川先生から“休日手当”をいただいております。そこで提案なんですが、お昼は鰻なんてどうですか?」

布川先生が置いていってくださった“休日手当”という名の全員分のお昼代。しかも、しっかりと美味しいものが食べられそうな金額の。

実のところ私と真鍋さんはともかくとして、研究員である田中先生と古賀先生は休日に出勤しても手当が出なかったりする。先生方は労働形態が他の職員と違うので仕方がないのだとか。

手当が出ないかわりに代休をとることが推奨されてはいるけれど、実際は……。そのへんのところもよくよくご存知で、布川先生はご褒美をくださったのではないだろうか。なんとなく、そんな気がした。

「美味い鰻ってことは、○○電機のそばのあの店ですよね? あそこってテイクアウト専門だから、自分が車出しますよ」

「さっすが真鍋さん、助かります」

もちろん「お昼は鰻!」の提案に誰も異論はなく、話がまとまると古賀先生はすぐにお店に注文の電話をして、ふたりでいそいそ出かけていった。

田中先生と私はお留守番組。

業者の皆さんも引き上げたし、布川先生は会議があってB大病院に行ってしまったし、他のラボは誰も出勤していないようだし。

このフロアは今、先生と私のふたりきり。

さて、どうしよう……。どうしようも何も、お茶の準備でもしにとっとと居室へ行けばいいのに。

なのに、私はその場から動こうとせず、備品庫の奥から戸口に立ったままの田中先生を見つめていた。

「手伝うと約束したのに来ることができなくて……申し訳ない」

先生は静かに言って目を伏せた。
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