博士と秘書のやさしい恋の始め方
私は思わず苦笑い。けど、先生は特に笑うでもなく真っ直ぐに私を捉えていた。

な、なんだろう? やっぱりちょっと表情が読めない……。

田中先生って喜怒哀楽の怒と哀が特にわかりにくい気がする。

はっ、まさか……せっかく選んで持ってきた段ボールに私がノリノリで入らなかったので機嫌を損ねてしまったとか?

「それ、似合いますね」

「えっ」

だしぬけに言われて何のことかわからなかった。

「何と言うのでしたっけ。エプロン、じゃなくて――」

「あ、割烹着です」

「そうでした、割烹着。なんだかとても馴染んでいますね」

先生、なかなかの鋭い観察眼です。割烹着は私にとって書道をやるときの必須アイテムで、すっかり着なれたものだから。

特に今日着ているのは、小さな黒猫と白猫がプリントされた猫柄の割烹着。祖母が作ってくれたお気に入り一枚だ。

だから、似合うと言ってもらえてとっても嬉しいのだけど……嬉しすぎて、なんだかすごく照れくさくて返答に困ってしまった。

「えーと、完全におばちゃんってことでしょうか……」

素直じゃないな、私……。

「誰もそんなことは言っていない」

「だって、決しておしゃれではないですし」

もちろん愛用者の私にとってはちょっと可愛い優れものだけど。

「おしゃれ云々の話はわかりませんが。機能的なようですし、働き者の山下さんにはよく似合っていると思います」

「そう、でしょうか……?」

「そうですよ」

田中先生はとても真面目な顔で言った。

「えと……ありがとうございます」

「いえ、事実ですから」
< 43 / 226 >

この作品をシェア

pagetop