博士と秘書のやさしい恋の始め方
「ちっともおもしろくないでしょ」

「そんなことないですっ。あんまり見たことないので、すっごく新鮮です」

自嘲気味に笑う俺に、彼女は「おもしろいですっ」と力いっぱい答えてくれた。

なんだろう、その瞳が心なしかうるんで見えたのは気のせいだろうか。

「えーと、それに……やっぱり白衣ってカッコいいですよね。テクニカルさんとか、理系女子って憧れですもん」

「そういうものですか?」

むしろ、流暢なドイツ語で会話が楽しめる女性のほうが魅力的だと思いますが? 

それに、白衣より割烹着が似合うほうが理系男子には断然うけるはず。

同族嫌悪というか同業嫌悪というか、理系女子の白衣にぐっとくる理系男子はあまりいないのではなかろうか。

「先生は白衣を着るお仕事だから普通でしょうけど。私みたいな文系女子には憧れの白衣なんですから」

ちょっと拗ねた山下さん。

仕事中にはあまり見ることのない彼女の素顔。

今までは知り得なかった、あんな顔やこんな顔。

やっぱり今こうして俺の前にいる山下さんは、いつもとちょっと違う気がする。

それにしても、だ。

“白衣萌え”とでも言うのだろうか、何故にそこまで……。

彼女の思考(嗜好?)がいまいち理解できない。

しかしながら――。

「では、試しに着てみますか?」

ちょっとおもしろいかもしれない。さて、彼女はどうでるか。

「ええっ、いいのですかっ!?」

おっと、意外とあっさりのってきた。

しかしまあ、そんなに白衣が好きなのか……。

「事務方の人たちは着る機会なんてないでしょうし。せっかくですからどうぞ。といっても、本当にただの白い作業着なんですが」

ちょうど作業も一区切りついたところだった。

立ち上がって自分の着ている白衣の襟に手をかけて――その手を止める。

いや、これはないだろう……。

「少し待っていてください」

俺はクリーニング済みの白衣のある棚へ(山下さんが整えてくれてあの棚だ)きれいなものを取りに行った。
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