博士と秘書のやさしい恋の始め方
これは驚いた……。彼女からそんな打診をされるとは。

おずおずと上目遣いで俺を見上げる山下さんは、どこか後ろめたそうで、それでいてやけに可愛らしかった。

「問題ないと言えばないですが。今日は検体を扱ったりしていませんし」

「ええっ、献体ですか!?」

あぁ、この人絶対に勘違いしているな……。

「献げるほうじゃなくて、検査の“検”に“体”です。例えば、尿とか血液とか。あとは羊水とか」

「な、なんだ……びっくりしました」

うちは解剖学教室ではないので。

山下さんって、惑星科学なんかを専攻しているやつが「宇宙塵の研究やってます」とか言っても「宇宙人!?」って驚くんだろうな、きっと。

「そういうわけで、衛生面や安全面に特段の問題があるわけでは。ただ……」

「ただ?」

「こんな煙草臭い白衣はちょっとどうかと」

山下さんは煙草を吸わないようだし。

それに、自分がバカスカ吸っていてなんだが、他人の煙草の匂いというのはけっこう嫌なものだからな。

「大丈夫です」

「そうですか?」

「息、止めるので」

おいおい、そうくるか……。

ここは普通「ぜんぜん気になりませんよー」とかなんとか言うところだろうが。

しかしながら――そうは言わない山下さんを、なんだかいいなと思ってしまった。

「山下さんがそう言うなら。“一瞬だけ”でいいんですよね?」

「すみません……。私、またまた嘘つきました」

決して期待を裏切らないこの素直さ。

だからつい意地悪したくなってしまう。

「俺も、すみません……。またまた意地悪言いました」

「一瞬で白衣を着たり脱いだりなんて無理ですもんね、当たり前ですけど」
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