博士と秘書のやさしい恋の始め方
「ひょっとして、それが持田さんなりの深い事情……ってことですか?」

「そういうこと。モッチーは田中先生にふられちゃったわけ。あ、違うな。正確に言うと、完全にモッチーの独り相撲ね」

独り相撲……その言葉に胸がずきんとした。

だって、私だって所詮は独り相撲だったのだから。

勝手に遊佐先生の“特別”なつもりになって、舞い上がって。

ばっさり切られて、傷ついて。

そもそも、切られるも何も私が一方的に熱くなっていただけという。

そんなみじめで滑稽な一人舞台。

「モッチーの一目惚れだったのよ。田中先生、見た目もいいし。業績もなかなかだもんね。モッチーのお眼鏡にかなう男だったわけ」

「はぁ」

「それで猛アタックが始まったわけなんだけど。あの子、チカラのいれどころを完全に間違っちゃったのよねえ」

その先の話は想像にかたくなかった。

持田さんは自分の女子力を総動員して可愛い女アピールに精を出したそうな。

反面、ラボの秘書業務にはあまり熱心でなかった。

田中先生は持田さんの不真面目さやチャラさが不快で、恋愛に発展するしないの話ではまったくなく。

持田さんは自分になびかない田中先生が気に入らなかった、と。

「あの子美人でしょ? ずっとモテ人生歩んできて挫折を知らなかったのかしらね」

三角さんはそう言ってお茶を飲んで一息ついた。

「田中先生は仕事できない子が嫌いだからね。あ、訂正。仕事しない子が嫌いか。できなくても努力する子は評価するしね。RAに対してもそうだもの」

「なんかわかる気がします」

「で、一番嫌いなのが――」

「できないのに努力しようともしない人、ですね……」

「そういうこと」

なんだかいろんな謎が解けた気がした。

私から見れば根拠のない田中先生に対する不当な評価も、恨みつらみの感情も。

そう、恋は人をどうにでもしてしまうのだ。

「それでもね、田中先生は優しかったと思うわよ」

「優しかった、ですか???」

持田さんは、田中先生は冷酷だの失礼だのと憤慨していたけれど。

「田中先生はちゃんと文句言ったり注文つけたりしてさ、モッチーに仕事させようとして諦めなかったんだから。布川先生なんかよりもずっと優しいと思うわよ」

「布川先生?」

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