博士と秘書のやさしい恋の始め方
三角さんはそこでいったん言葉を区切ると、徐に「んんー」と大きく伸びをした。

暢気な様子の三角さんとは裏腹な私はおずおずと続きをたずねた。

「それに、なんでしょうか……?」

「すっかりお気に入りだもんね、田中先生の」

「えっ」

「見ちゃった」

「ええっ」

み、見ちゃったって? まさか……金曜の夜のこと!?

「あのっ……」

「猫ちゃん」

「へ?」

えーと、話がまったく見えないのですが……。

「あなたの机の上の招き猫。あれ、田中先生からもらったんでしょ?」

「あ……あぁ、はいはい、あの招き猫たちですね」

なんだ、やっぱり私が実験室に押し掛けたのを見られていたわけじゃなかったのね。

とりあえず一安心。

でも、ちゃんと訂正するとこはしておかなきゃ。

「正確には“もらった”のではなく“預かっている”んです」

「あー? そんなのどっちでも同じじゃない」

三角さんは「何言ってんだか」と鼻で笑った。

「ち、違いますよっ。そのうちちゃんとお返ししますもん」

「あの招き猫、田中先生のお気に入りのはずよ。あげるにせよ里子に出すにせよ、わざわざそうするってことは、あなたに好意ないし好感を持っているってことだわ」

「そんな、こと……」

ない、とは言い切れない? 
いや、言いたくないだけか……。

秘書としては評価されている実感がある。

だって、先生がはっきりそう言ってくれたから。間違いない。

じゃあそれ以外の、その……私の性格というか人柄というか、パーソナルな部分はどうかというと――わからない。

でも、少なくとも嫌われてはいないと思う(思いたい……)。

あの夜だって、私の勘違いでなければ田中先生も楽しんでくれているように見えたし。

それこそ、これまた勘違いでなければ先生との距離が少し縮まったような。
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