博士と秘書のやさしい恋の始め方
本当に楽しくてうれしくて、心がほっこりする夜だった。

だからといって、先生と私の関係や態度が劇的に変化したわけではないけれど。

週が明けてからもずっと、お互いにいつもどおり普通だし。

そもそも、田中先生は居室で雑談をほとんどしないし。

「山・下・さん」

「ええっ……あ、すみませんっ」

三角さんに名前を呼ばれて、はっとしてようやく我に返る。

どうやらちょっとばかり一人の世界にトリップしていたらしい……。

「私は見守ってるからね。なまあたたか~く」

「微妙な温度ですね……」

「まあねえ、気がついてるのは私だけだろうし。あまりびくびくしなさんな」

「そんなこと言われても……三角さんにバレバレの時点でもうびくくびくですよ」

へたれな私の発言に、三角さんは「ダメな子ねぇ」と言わんばかりに優しく苦笑した。

「あなたねぇ。びくびくじゃなくて、どきどきとか、きゅんきゅんとか、そういうのにエネルギー使いなさい」

「やってみます……」

「私は山下さんの味方よ」

三角さんの笑顔はとても優しく頼もしかった。


夕方、書類を届ける用事があって4階へ行くと、喫煙室の奥に田中先生の姿があった。

喫煙室はガラス張りで中の様子がまるわかりの作りになっている。

こういう言い方をしてはあれだけど、ちょっとした見世物小屋のような感じというか。

田中先生の他には白衣を着た女性がひとり。

以前にも喫煙室にいるのを見かけたことがあるけれど、どこのラボの人なのだろう? 

おそらく年は私よりも上、この職場には珍しい派手めのメイクをしたスレンダーな美人さんだ。

二人は何やら話に夢中で、ガラスの外の私にはまったく気づく気配がない。

なんだろう、とても気持ちがざわざわした。

すごく、気になる……。

それでも私はとりえあず書類を届けるべく用事のあるラボへ向かった。
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