博士と秘書のやさしい恋の始め方
ひょっとして……そうか、“フリン”の意味に見当がつかず困惑しているのか。

俺は柄にもなく気を利かせて、ちょっと助け舟をだすつもりで話しかけた。

「ひょっとして“フリン”というのは――」

「えっ……!!」

気のせいだろうか、山下さんの表情が一瞬こわばったように見えた。

「ああっ、ありましたデス!! コレです。コレをさがしています」

俺と彼女を遮ったのは、とびきりの笑顔のグエンさん。

ようやく探していたページが見つかったらしい。

グエンさんがどや顔で指さすページには情緒豊かな夏の風物詩が掲載されていた。

「ああ、風鈴(ふうりん)ですね。“フリン”ではなく“フーリン”です」

山下さんはにっこり微笑むと、グエンさんに発音の誤りを説明した。

とても優しく丁寧に。彼女は本当によくやっていると思う。

英語を使ってしまえば早いものを、可能な限り日本語で対応するよう努めているのだ。

そのストレスたるや……面倒くさがりの俺には到底できない。

それにしても、さっきの山下さんの態度はいったい……。

何か言いたげだった気もするが、皆目見当がつかない。

なんという不可解な。

このままというのは少々困る。いや、かなり困る……。

実際、山下さんは困っていないのかもしれない。

しかしながら、俺は困る。困っている。

勝手な話だが仕事に支障をきたしているし。

何より――彼女とこのまま疎遠になっていくなんて、悲しすぎて耐え難い……。
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