博士と秘書のやさしい恋の始め方
その夜。学生時代からの馴染みの店で、井原周(いはらあまね)は大真面目に思い悩む俺を無遠慮に笑い飛ばした。

「そりゃあ、おまえが何かしたんだろうよ。間違いない」

「一刀両断かよ……」

気晴らしのつもりで飲みに来たのに、癒されるどころかこのありさま……。

もっとも、この男に意見を求めた俺が悪いといえば悪いのだが。

「俺は本当に何もしてないんだよ。なんだか急に距離を置かれた感じで」

「無自覚とか無意識とか、そういうのも十分あり得るだろ? おまえ、空気読めないんだし。とくに女性心理となるとさっぱりじゃん」

「失礼な……」

しかしながら、何も言い返せないという悲しい現実……。

文系理系の差だろうか? 俺と違って周は人間の心の機微に聡い。

俺たちは小学校からのつきあいで、互いのことをよく知っている。

子どもの頃は、何かとつるんでやらかしては一緒に仲良く怒られた。

中学も高校もずっと一緒で、塾や習い事まで全部一緒。

大学も学部こそ違えど同じという、まさに腐れ縁というやつだ。

「けどさ、靖明にしては意外だよね」

「何がだよ」

「だって、ずっと“秘書なんて論外”って感じだったのにさ」

「それは……」

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