博士と秘書のやさしい恋の始め方
俺とて誰とも付き合わないままこの歳になったわけではない。

「本当の恋が何かって? それはおまえ、月並みな言い方だけど、我を忘れてしまうほど夢中になって誰かのことを想うことじゃないの?」

誰かを想い恋焦がれ、その人のことばかり考えて頭がいっぱいで、仕事も何もかも手につかない。

切なくて、苦しくて、もどかしい。

それが本当の恋というなら、俺は……。

「靖明はさぁ、自分から求めたり追いかけたりしたことなかったんじゃない? そりゃあ、そのときそのとき付き合ってた女性(ひと)にはそれなりに愛情あったんだろうけど」

少なくとも誠実に応えていたつもりだった。浮気をしたことなどないし。

こんな自分に純粋な好意を寄せてくれる女性を、もの好きだと思うと同時に大事にしたいと心から思った。

けれども――別れを告げるのはいつも相手のほうだった。

「おまえってさ、別れ話切り出されても自然消滅に持ち込まれても、いつだってあっさり引いちゃってさ。女の子に追い縋ったことなんてないもんね」

「それは……」

そのとおり、別れる別れないでもめたことなど一度もない。

「“またすぐ次があるさ”とか思うわけ?」

「そんなんじゃない」

「じゃあ何?」

「何と、言われても……」
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