博士と秘書のやさしい恋の始め方
思いがけず詰問されて口ごもる。

周はもう笑ってはいなかった。

「ほっとしてたんじゃないの? 相手が振ってくれて、終わらせてくれて。おまえは振るより振られるほうが断然らくだろうからね」

周は容赦なく俺の本心を指摘した。

俺自身でさえ認めたくない、向き合うことを避け続けている仄暗い心の奥底を。

「いい加減、オトナになりなよ」

周の口ぶりはあきれたようでいて、どこか優しげだった。

「おまえに言われたくない」

「独身の僕が言うのもなんだけど、おまえは結婚にむいていると思うよ?」

「だから、おまえに言われたくない……」

何もかもお見通しのおまえに言われたら、認めざるを得ないじゃないか。

傷つけあうのが怖くて、恋愛に臆病な自分を。

誰かを一途に想い続ける自信も、想ってもらう自信もなくて、いつも逃げ腰の卑怯な自分を。

そのくせ独りでいる覚悟もできなくて、恋愛や結婚への憧れを、諦めきれない身勝手な自分を。

「あのさ、それこそ円満な家庭でぬくぬく育った僕なんかに言われたくないかもしれないけど、おまえはもうご両親のことにとらわれるべきじゃないよ」

「俺は別に、とらわれてなんて……」

ない、とは言えなかった……。
< 76 / 226 >

この作品をシェア

pagetop