博士と秘書のやさしい恋の始め方
◇プライベートハウス
ここ最近、田中先生と距離を置いている。

喫煙室のそばで偶然あの会話を聞いてしまって以来ずっと。

挨拶は普通にしているつもりだし、仕事上は今までどおり対応しているつもり。

だけど、まったく私情をはさんでいないかと問われると……やっぱり完全に公私混同している気がする。

そもそも、プライベートは自由であってしかるべきなのに。

こういう言い方は極端だけれど――例えば、ギャンブルで多額の借金を抱えていようと、週末はSMクラブで女王様の下僕となっていようと、趣味で女子高生の制服を集めていようとも。

職場のお金を横領したりしない限り、「女王様の命令で今日は会社休みます」などと欠勤したりしない限り、セーラー服が盗んだものでない限り、すべて自由といえば自由なのだから。

そう、たとえ家庭のある人と道ならぬ恋をしようとも……。

だからって「ラボこそ違えど同じ研究所内ってどうなのよ?」と、やっぱり思わないではいられない。

そりゃあ、田中先生は勤怠には何ら問題もないし、仕事は真面目で業績だってきちんと上げている人だけど。

でも……あぁ、私がこうして引っかかっているのって、倫理的にとか道徳的にとかそういう話じゃないんだよね……。

自分でもよくわかってる。

田中先生だからショックなだけ。ただ、それだけ。

膨らみかけた淡い恋の期待が、いきなり無残に萎んでしまったから。

まあそれだって、私が勝手に膨らませていただけの話だし? 

あぁ、なんだかなぁ。

頭では理解していても実際の行動がちぐはぐじゃあどうしようもないのに。

こんな調子で、私は自分で自分を持て余しているのだった。

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